『天穂のサクナヒメ』楽曲解説、第20回のテーマは村の冬の曲、昼の「蕾 ―つぼみ―」と夜の「静 ―しずか―」です。
田植えから収穫まで活力に溢れていたこれまでの季節とは一転して、冬は農作業も休みになり、虫の声も途絶えて静かに耐え忍ぶ季節です。
音楽も活発な雰囲気ではなく、心細さを感じるような曲調にしています。それでも昼の曲の方は、寒さの中にもほのかな温もりを感じられるような曲にしたいと思いました。
というのも、冬の曲に関しては夜バージョンをどのようにするか先に考えてから、そこに温かみを加えるように逆算して昼バージョンを作っています。他の季節の曲が昼を作ってから音色を引いて、独自の要素を加えることで夜を作っているのとは対照的です。
なぜかというと、それだけ夜バージョンが難関だったということに尽きますね。
楽器については琴を基調にしてエレピ・ギター・ベース・ドラムの4リズムを加え、他の季節とのギャップが大きくなりすぎない程度に厚みを加えました。メロディを笛と尺八が奏でるほか、サブメロディとして民族的なダブルリードの笛を中域の支えに入れています。鉄琴の音もさりげなく冷たさを演出しています。
曲の後半では風をイメージした高域のストリングスが入り、寒々しさを感じさせるとともに音域を広げています。
25_tsubomi.mid
この部分だけを取り出すと結構にぎやかに聞こえますが、これが夜に入ると一変します。
実を言うと、村の曲の中で一番苦心したのが冬の夜の曲「静 ―しずか―」です。
そもそも「静けさを表現するために曲を作る」という点で矛盾しているのですが、それをそうと思わせず、音があるからこそかえって静けさが感じられるような曲が求められました。
琴が主役になる曲という点は構想どおりでしたが、当初は尺八やパーカッションなどもう少し楽器が多く、昼の曲の雰囲気を多少は残したものでした。しかし開発側からは「もっと静かで良い」「音色を減らしてほしい」という要望があり、何度かの修正を経て現在の完成版に至ったわけです。
結果的に編成は琴が二張と太鼓・鈴・拍子木だけという、ものすごくシンプルな形に落ち着きました。正直、打ち込みでこれをやるのは勇気が要ります。アンサンブルの中では多少演奏におかしな点があってもごまかされますが、この小編成ではごまかしが利かず、音色に説得力が求められるためです。
生演奏が使えれば話は別ですが、今でこそ大ヒット作になったとはいえ企画当初は一介のインディーズゲームに過ぎず、贅沢に生演奏が使えるほど余裕があったわけではありません。まあ結果的にはすべての曲を打ち込みで作ったわけですが……。
制作中は説得力を気にしていたこの曲も、発売後の今となっては琴奏者の方々に演奏動画を上げていただけるなど愛される曲になって、作曲者としてはホッとしています。
26_shizuka.mid
昼の曲と同じ部分を切り出しましたが、ここまでメロディも雰囲気もまったく違うというのは四季の曲の中でも突出しています。それもそのはずで、まず使っている音階からして違います。
昼の方は他のほとんどの曲でも使っている五音音階ですが、夜の方は陰旋法といういかにも琴らしい印象の音階を使っています。
太鼓・鈴・拍子木は地味な働きながら、場を引き締める意味を持たせています。リバーブを深くかけることで、わずかな音でも遠くまで響くような冬の澄んだ空気を表現したいと思いました。
次回は郷愁を誘うイベントシーンの曲「愁 ―うれい―」を紹介します。